2008年1月2日水曜日

携帯の歴史 第五章



この年は本当に携帯各国やそれに関連ついている業界は本当に大変な年になったと思います。

それは「ベル左右講和条約」(MNP)

この各国の国民を結ぶ為につくった条約と共に建国した
「バナソフト朝バンク帝国」
本当にこの国のおかげで、携帯各国が儲かっていた事みんなにばれちゃったし;;
今までの携帯各国の一番弱い所を本当にうまくついてきたーーー;;戦略を打ち出していった。

実は2強国の一番弱い所って、兵隊力(営業力)だったんだ。
やっぱり2強国は大王国だったので、
兵隊力よりも、繋がり大きい組織力を中心に国を大きくしていったんだけれども、
皇帝ナポレ孫=正パルト率いるバナソフト朝バンク帝国は
群馬に大地盤を持つ大豪商ヤマダ屋を含めた大豪商達を
建国前から持っていた基盤を中心に大兵力で物理的に攻めて行った事で、
2強国から、3強国時代といわれるまで勢力を伸ばしていってる。

簡単に言うと、
神聖ドコモ帝国の門番が3人のところ
大英U帝国は門番が7人
しかし、ボナソフト朝バンク帝国は、20人と

2強は正直勝てません・・・・だって3人で20人と戦い
武器も同じであれば、大豪傑だってはじめは頑張るが、体力持ちません。
それにボナソフト朝バンク帝国は国土をよく知っているが故の戦略で他を圧倒していた。

だからこそ今のボナソフト朝バンク帝国の攻めの姿勢が衰えない原因ではないかと
勝手に思っている。

1強国時代から、2強国時代、そして今3強国時代へと、変貌を遂げてきた携帯国家
また新たな国が誕生しようとしているが、間違いなく4強国時代は来ないと断言する。
しかし、いつかこの3強国の中での順位は大きく変わる可能性はある。
後2年が大きな山場になるには違いない。
黒船来航と無線通信の発達を期に大きな変貌を遂げるのではないかと思う。

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